タイの文化(事故現場から)のお話              
    2008年10月吉日 
【騒動現場から】
 今回二つの寄稿文からご紹介です。 
 
 我々駐在の日本人は、タイの政治かかわる事は全くなく、会社と自
 宅の往復のみで、今回の事件も他人事的なイメージで居ましたが
 、、、、、再考させられました。
  
【騒動現場から】

 バンコクにおいて、タイ当局とPAD[=民主主義市民連合]との「衝突」
 のなかで、昨日早朝から継起した流血事件[ジェット・トゥラー、7.OCT]
 について、皆様はすでに御存知であろと察します。

 現時点でタイ国内で公表されている犠牲者数については、死者3名、
 負傷者381名です。

 本日、正午すぎにタイ人の友人[この間のPADと共同行動を取る]か
 ら昨日の事件に関する画像を受信しました。
 それを皆様にこのように転送致した次第です。皆様のなかに、同様
 の画像をすでに受信されている方がいらっしゃったならば、ご容赦下
 さい。

 例えば、去る1976年10月6日の翌日に、こうした証拠・記録としての画
 像を内外の市民に届けることは不可能でした。
 
 送信主が多数の友人宛に同時送信したメ−ルの本文には、
 “man maichai gas namtaa wohy…rattaban khattakorn hengsuay”
 (=あれらは催涙弾なんかじゃないぜ…)と一行のみ添えられていま
 した。

 昨日の事件発生を機に、この間、PADと一定の距離を保っていた友
 人・知り合いは動き始めています。
 小生の方も「今回」5月以降のPADの行動に対しては、個人的な見方
 もあって同調できず、現場に足を向けていませんでした。

 現場に足を向けていない以上、私的な見解を含む現地報道の紹介な
 どを述べることをせず、他者による記録画像のみを転送致した次第です。
 また、画像の一部に負傷者の方の生傷にぼかし加工がなされている
 ことも予めお断りしておきます。

 鷹さんよりのリポートでした、その後死者は4名に増えました、ご冥福
 をお祈り申し上げます。
 
 

 催涙弾の薬莢を撮影する人達

   

 
 手榴弾?

 

 催涙弾を発射する軍人

 メル友の鷹さんからの写真にはとても掲載できない様な悲惨な光景が
 ありましたので、割愛してご紹介させていただきました。

【水没現場から】
 ハイこちらは打って変わってユーモラス編最近転職して自称社長と言って
 いるSさんの弟氏、未知さんからの投稿です。

 「昨日、運河上のクイッティアオ ルア屋で昼食をする事にした。2件並ん
 でいて、向かって右の店に入って食事をしていたところ・・・。どうも外が
 騒がしい?見てみると・・・。隣の店が沈没し始めた。見る見るうちに、
 運河の中へと・・・。
 食事後、カメラで激写。もし隣を選んでいたら・・・。幸い、けが人は無い
 らしい。」 未知。

  

 見事な傾き、、、お巡りさんも実況見聞

 

 通勤途上の車窓から風の写真ありがとうございました、それに
 しても弟氏水没しなくて良かった良かった。
 有るんですね、、船でも沈没。。またそこに居合わせる事が凄い。
 タイならでは光景でした。

 ちょっとタイ語教室
 ・クイッティアオ ルア=船のうどん屋さん 
 ・沈没=ジョン・ナーム  
 ・お巡りさん=コン・タムルワット 
 ・船=ルア 

【ちょっとコーヒーブレイク】
 Sさん3キロほど痩せたのですが、会社でも誰も気がついてくれませ
 ん、3キロ痩せてもデブはデブ、、ビジュアルに訴えるもの無し。
 目標は来年中に後10キロです。Sさん現在変身中。。。
 「朝目覚めると、お腹がイモ虫の様に成っていた。。。(^_^;)(-_-;)」


いらっしゃいませタイランド。